目次
- 「大学のオンライン化」と「教育界のDX化」を促進するなかで立ちはだかる壁はITリテラシーとインフラの整備
- 総額27億円の自宅学習支援金。コロナの影響で生まれた近畿大学の課題とは
- 大変な時期だからこそ、逆に「チャンス」と捉える
- 社会全体の流れとしてのオンライン化・DX化
- オンラインだからこそできるより良い教育体験を。“大学DX化”の未来予測
- 学生がどんな状況でも学び続けるために、魅力ある授業コンテンツをつくっていきたい
2020.11.19
2020年10月16日、社会人向けオンライン生放送学習サービス「Schoo」と近畿大学はアドバイザリー契約を締結し、同大学のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)推進をSchooが専門アドバイザーとしてサポートすることを発表しました。同日には、オンラインでの記者会見も開催。
司会者:ここから「教育/大学オンライン化・DXについて」というテーマでお二人にお話を伺っていきます。それでは、まず、現状の整理として、大学を取り巻く環境の変化についてお話しいただきます。森さん、複数の大学と対話をされてきた中で感じられている課題はありますか?
森健志郎さん(以下、森):いくつかあるかなと思っているんですけど、まずベーシックな面でいくと「ITリテラシーの観点」と「インフラの観点」です。
今回のコロナの件は、緊急で対応しなければならないという大学の方々がほとんどでした。オンラインでの打ち合わせやリモートワークもやったことがなかったり。これは、先生、教職員の皆さまだけではなく、学生もそうだと思いますが、ネット環境やデバイスが十分になかったり。リテラシー、インフラみたいなところが整っていなかったということが、今回のコロナにおける緊急のオンライン対応というところでは、かなり大きな足枷になったんだろうなと思います。
ただし、それをやらなければならない社会状況でありましたので、オンライン化が一気に進みました。コロナは、決して喜べる社会事象ではありませんが、一つ、未来を見据えて、オンライン化しなければならない大学にとっては、チャンスでもあるのではないかと思っています。かつ、もう一つ。これは、各大学さんによってすごく差がある部分なんですけれども。オンライン化を妨げる大きな要因として、大学さんによっては学内の体制みたいなものがあったのではないかと思います。
やはり、大学教育・大学運営をより良くしていく上で、教務や事務の皆さまと学生の皆さま、そして教職員・先生の皆さま、この三方がコミュニケーションをとりながら、一つ一つ新しいものを取り込んでいくということ。こういう形は、当然、あるべき姿だと思いますが。
これをコロナ前から行っていなかった大学さんにおいては、緊急のリーダーシップが求められる対応において、かなり苦労されるご状況があったのではないかと思っています。その点、近畿大学は、以前よりそういうことを多々やられてきた大学さまでしたので、国内の大学に先駆けた素早いスタートを切ることができているのではないかと思っています。
司会者:ありがとうございます。コロナがやってきた当初、近畿大学では、具体的にどういう課題があったのか。また、10月時点での課題はどう変化しているのか。教えていただけますか。
世耕石弘さん(以下、世耕):まず、前期の授業期間中は大学のキャンパスを閉鎖することになりました。これは、第二次世界大戦以降、一度もなかったであろう未曾有の事態だったと思います。ただし、現代においてはインターネットがありましたので、逆に大変だったのかもしれません。
インターネットのない時代だったら、大学を閉鎖したまま、単位認定せざるを得ないという流れになった可能性もあります。ただし、インターネットというツールがあったから「無理にでも授業をしなくてはならない、何か方法を考えなければならない」という環境になったのだと感じています。これは日本の大学生全般に言えることですが、パソコンを使う環境がまだまだ少ないんです。例えばアメリカだったら、授業中も、どこへ行ってもパソコンを開いています。
そのような現状において、オンライン授業を実施していくうえで学生たちはパソコンを準備する必要がありました。本学では緊急の対応として、卒業生である渡辺武志氏が社長を務めておられる(株)ソフマップにお力添えをいただき、中古パソコンのレンタルサービスを利用することにしました。
また、自宅にWi-Fiの環境がない学生も一定数おりました。そこで、学校法人近畿大学が設置するすべての大学・学校で学ぶ学生・生徒・児童・園児全員に対して、オンライン授業等の学修環境整備を含めた自宅学修支援金として一律5万円を支給しました。それ以外の支援策も含め総額27億円の支出になりました。
オンライン授業を実施する教員については、大学にはWi-Fi環境が整っておりますし、日頃から教育・研究活動をしている中で、多くの教員が自宅にもそのような環境を備えておりましたので、学生よりも問題は少なかったと感じています。
これらの問題をひとつずつ解決していきました。また、オンライン授業がはじまって発覚したのが、大学のサーバーが一斉アクセスの負荷に耐えられずダウンしてしまうという事態です。オンライン授業の開始にともなって、これまでに想定していなかった数のサーバーへのアクセスが発生し、全国各地の大学でサーバーダウンが相次ぎました。本学では学生への事前周知をすることによってなんとかサーバーダウンは免れましたが、あまりにも脆弱な、危機管理のできていないものを導入していたことが分かりました。
この問題についても設備投資で解決していくわけですが、このような脆弱なものであったということにさえ、気づいていなかったということで、これらをふまえて様々な投資をしていかなければならないという環境になっています。
司会者:ありがとうございます。森さん、その点に関していかがでしょうか。
森:そうですね。まず、近畿大学がすごいなと思っているのは、それだけしっかり予算を捻出し、これからもしっかりと予算をかけていくという意思を見せていらっしゃるところだと思います。
特に、今回、令和2年においては、おそらく、期初にそんなことは想定されていなかったと思います。たぶん、しっかりと資金を捻出するために、皆さんのご苦労があったと思います。 その結果というのは、学生のオンライン授業での満足度70%以上というところに繋がっているのではないかと思います。
もう一つ、これから大事になってくるのは、令和3年以降ですね。おそらく、コロナは徐々に落ち着いてくるだろう。対面授業を再開される大学さまも、必ず増えてくるだろうと。 では、この次。令和3年、4年、5年に、デジタル化における予算をどれくらい投下するのか。
ここに、大学さまのカラーや、どのくらい未来を考えられているかというところが出てくると思っています。 そこをしっかりと考えられているということが、今のお話から伺えました。やはり、こういう大学さま、高等教育機関さまが増えていくと良いなと思います。
司会者:近畿大学さんは、いち早くオンライン化に取り組まれていました。近畿大学として、好機になっている部分はありますか?
世耕:そうですね。先ほど言っていただいたように、本学は意思決定が早いので、このような危機になれば、近畿大学は強いです。 これまでの大学の在り方で申しますと、東大・京大の旧帝大からはじまって、東京で言うと早稲田・慶應など、伝統・歴史のある大学が上にきて、本学は関西で三番手くらいのポジションです。
私は、広報戦略をもって、このように固定化された大学の序列を打破しようと考え、これまでもいろいろと仕掛けてきましたが、なかなか人間のDNAまでに埋め込まれているような価値観をひっくり返すのは難しかったです。 ただし、この時代になって、一気に変えられるチャンスがやってきました。
そして、我々には、通信教育部という宝がありました。そして、これまでもSchooさんと繋がりを持っていました。 瞬発力・スタートダッシュに関しては自信を持っている近畿大学にとっては、コロナ禍で大変な時期ではありますが、現状はチャンスであると捉えています。
司会者:ありがとうございました。それでは、先ほどの課題を踏まえまして、解決策と今回の取り組みについて、お話を伺いたいと思います。まず、森さんから。国の動きですでに発表されていることから、今後の大学DX化の予測はございますか?
森:そうですね。国策としても、進めたいという意思は確実にあるのだろうなと感じています。デジタル庁だけではなくて、文部科学省にもデジタル推進の部署ができました。
あとは、まだ予算請求中だとは思いますが、先日、文部科学省から「Plus-DX」という制度が発表されました。 令和3年に、新たに90億の予算を要求し、1.5億円ずつ、全国60の教育機関(大学及び高専)に対して「DXの先進的な取り組みを行い、社会に対して共有してください」というようなこともなされると聞いております。
これは、発表されていますね。 まず、社会全体の流れとして、大学の中で、オンラインをうまく使っていこうというのは避けられません。これは、本流であり、重力であるというふうに思っております。 オンライン化をするということが目的なのではありません。
大事なことは、先ほどもお話をした、多様性を要求される大学それぞれにおいて、その大学が「どのようにオンラインを使ったら、その大学が推進したいことが、よりうまくできるのか」ということです。 我々のような民間も含めて、各大学さまと、別個しっかりと向き合い、推進していく。国と大学と民間が一つになって、やっていくべきテーマだと思っています。
司会者:ありがとうございます。近畿大学では、現在どのように予測し、実際に動いていらっしゃいますか?
世耕:すでにDX推進のための組織を学内に立ち上げ、動きはじめています。我々にはこれまでに蓄積したノウハウがあります。例えば、細かい話にはなりますが、著作権の処理の問題などもクリアする必要があります。そのあたりも、通信教育部にはしっかりとしたノウハウがあり、他の大学にはないアドバンテージだと考えています。
未来予測に関しては、先ほど森さんがおっしゃられた「多様性」ということに、ものすごく共感しています。
例えば、第二外国語は学生のニーズがあって、ある程度学生が集まりそうなもの、中国語からはじまり、フランス語・ドイツ語・イタリア語のような感じに多くの大学がなっていると思います。これがオンデマンドになると様々な国の言語をどんどん増やしていけますよね。 学生それぞれがやってみたいことは違うけれど、これまでは制限があった。オンデマンド化されることによって拡大していったら、それぞれが好きなものを受講することができます。
もう一つは、我々のキャンパスがある大阪も大都市のひとつですけれど、東京に比べると圧倒的にハンディキャップがありました。それは、いろいろな企業のトップの方や、官庁の方など、東京から大阪まで来ていただくことのハードルが高かったということです。
これは、オンデマンドやオンラインでのリアルタイム講義でも良いですが、そういうものを利用すると、いつでもそのような方に講義等をしてもらうことが可能になります。もしかすると、米国のスタンフォード大学の先生に前日に授業を撮影してデータを送信してもらい、それを翌日には本学の学生が受講するということも実現できるかもしれません。
先ほどまで韓国のサイバー大学の授業を見ていたんですけれど、日本語の授業は日本で収録をするということで、皇居の前で先生がパネルを持って授業をしているんです。途中から食事の話になったら、映像が寿司屋に切り替わって、またそこで先生が話をしている。
これは、絶対にオンデマンドでしかできません。対面かオンラインかという議論がこれから間違いなく起こってくるのですが、それに対して、ぐうの音も出ないクオリティの高い動画や授業をつくり、学内で理解を広めていく。それがめちゃくちゃ面白かったら、いろいろなところで話題になると思います。
そういうことが多くの人の考え方を動かして「そりゃ、そうやな」「そうしたほうが、学習効果が高いよね」「そっちをもっと推し進めていこう」という流れになっていくのではないかと考えています。 そういう意味では、環境もそうですが、良いコンテンツをしっかりと制作していくことが、一つポイントになるのではないかと考えています。
司会者:ありがとうございます。森さん、いかがでしょうか。
森:いろいろな言語の話がありましたが、今までオフラインだけでは取り扱えなかったけれど、オンラインでは取り扱えるというのは、学生の目線でも素晴らしいなと思いました。 例えば、学生が卒業旅行でアフリカのとある地域に行くとき。今だと、大学でその言語を学べないんですけれども、行くと決まったときに、オンデマンドの授業で履修できるかもしれません。
履修したあとに現地に行けば、その現地の人とよりリアルに対話ができて、もっと新しい学びを得るかもしれません。 まさに、オンライン化や、大学教育をより良くしていくことを考えた上では、学生主体。
学んでいく皆さまが「オフラインのときよりも、オンラインを使うことで、より良い教育体験をできるようになったかどうか」というのが、何よりも大事だと思っています。 それを繋げていくようなお取り組みを感じることができました。まさに、記者会見が終わったら、この話をより深くお話ししてみたいなと思いました。
司会者:ありがとうございます。それでは、最後に未来について伺っていきます。先ほど、世耕さまから未来予測のお話もしていただきました。近畿大学として、学生が学び続けるために必要な支援、今後やっていくべきだと考えていることは何でしょうか。
世耕:繰り返しにはなりますが、とにかく優良なコンテンツをつくること。研究面では優れた実績を残されている先生でも、聞いていて眠くなってしまうような授業ではいけません。そうならないコンテンツをつくっていく必要があります。このあたりは、Schooさんが最もノウハウを持っておられます。
授業にアシスタントを入れるなり、画面を転換して違う景色を見せたりする。動画クリエイティブの力です。 突然、人間のプレゼンテーション能力を劇的に向上させることは難しいと思います。映像に工夫を凝らして、学生にきちんと聞いてもらえるような良いものをつくっていくこと。まさにこれが学生のための支援だと思います。
そして、今後は物理的に通学することだけが「学び」という概念から解放されます。卒業してからも我々は授業を提供していくことができます。社会人になるまでに必要なこと、社会人になってから必要なことは、分かれてくると思います。そういうことも進めていきます。
もしかしたら、森さんにアドバイスをいただきながら、卒業生からも収益化できるような私学というのも面白いと思っています。 とにかく、一にも、二にも良いコンテンツを制作できるかということにすべて掛かっていると思います。そこで良いものができれば、近畿大学の未来は明るい。そして、日本中、世界中の大学が大きく変わっていくことになるのではないかと思っています。
司会者:ありがとうございました。森さん、学習者本位で学び続けるために、今、本当に必要なこと、これからやっていくべきことについて、お聞かせください。
森:はい。先ほどのお話に重ねてになりますが。やはり、僕は、学生さんのためだと思います。そして、ひいては、社会のため。 そのときに、僕たちの世代よりも、大学生、これから進学してくる高校生の皆さんのほうが、オンラインに対する親和性があり、抵抗感が絶対に少ないです。
これは何かを否定するわけでもないですし、何かに対して言っているわけではありませんが、決して「提供する側主体でやり方を決めてはならない」と思います。 いかに、学生、それを学んだ人たちが社会に出て、どんな価値を社会に対してつくっていくかということで、やっていく内容を決めていくべきだと思っています。
そのときに、その間を埋めるために、工夫や、我々の持っている知見が生かせるのであれば、なんでもやりたいなと思っています。すべては、今、通ってくださっている学生さん、そして、これから通ってくださるであろう学生さんのために、いろいろな取り組みを進めていければなと思っています。
司会者:本日、ご登壇いただきましたのは、近畿大学 通信教育部長の世耕石弘さん、株式会社Schoo代表取締役社長CEOの森健志郎さんでした。ありがとうございました。
森:ありがとうございました。
世耕:ありがとうございました。
近畿大学とSchooのDXアドバイザリー契約締結に関する情報はこちらから
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アドバイザリー契約の具体的な内容としては、Schooが2011年から約9年間で積み上げてきた「オンラインでの教育・学習事業運営知見」「オンラインでの学習体験設計」「安定したライブ配信技術」を活かし、以下の3点へのアドバイスを行う予定だと記者会見で言及。
①オンライン講義配信ツール・DXツールの選定における情報提供及びアドバイス
②学内全体のDX推進に関わる管理体制の構築と運営へのアドバイス等
③教室のスタジオ化のための機材の選定や準備に関するアドバイス
Schooと近畿大学は2015年以降、通信教育部においてタイアップ授業の制作・配信や、学生によるスクープラットフォームの利用などで連携を開始していました。
今回、新型コロナウイルス感染拡大の影響で全国的に教育機関のオンライン化が急務と認識され始めたタイミングで、Schooから近畿大学へ改めてDX支援の提案し締結に至ったアドバイザリー契約では、近畿大学通信教育部でオンライン化を主導、2021年4月までに教養科目のうち20科目程度を作成予定。その後は、外国語科目や専門科目についてもオンデマンド化を検討していく計画であるとのこと。
Schooでは、今回のDX推進アドバイザリー契約を皮切りに、「高等教育機関・社会人教育事業者へのDX支援事業」を本格的に開始し、教育機関期間向けのプロダクトやソリューションも開発を進め、順次提供予定。
以下では、近畿大学の世耕氏とSchoo代表取締役である森との「大学のDX」をテーマにした対談の内容を臨場感たっぷりの書き起こしでご紹介していきます。