目次
- 「もっと色々なことを学びたい」という思いから、東大受験を決意
- 好き・楽しいが学び続ける原動力
- 一歩踏み出してみる。目的にとらわれすぎないことが大事
- 学びが人生の糧になるかは、結果論でしかない。だから学ぶ動機や理由はもっ とシンプルでいい
2022.01.28
人気アニメ『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助や『テニスの王子様』の亜久津仁をはじめ、さまざまなキャラクターを演じてきた、声優の佐々木望さん。
そんな佐々木さんは、声優を続けながら40代で東大受験を決意し合格。2020年3月に東大法学部卒業が公表され、メディアでも大きな話題を呼びました。そのニュースを目にして、発奮した人は多いのではないでしょうか。
しかし、仕事と両立させながら社会人がなにかを学び直すのは、学生時代よりもハードルが高いもの。ビジネスパーソンの学び直しには、一体どんなコツが必要なのか。佐々木さんにお話をうかがいました。
――佐々木さんにとって、学びの原動力となっているのは何ですか?
佐々木:学びそのものを好き、楽しいと思えていることでしょうか。また自分が演技者だからなのかもしれませんが、自分がいる環境を俯瞰して見て「面白いな」と思えていることも原動力なのかなと。
受験期間では当時40代後半の自分が現役生・高卒生と一緒に学ぶシチュエーション自体を、大学生活では卒業に向けて時間を工面しながら勉強している自分を俯瞰して見ることで、演技者としてもとても刺激を受けました。
一方で、在学中は大学生活を最大限楽しもうと思っていました。入学当初から「大学生活を最短で終わらせるのはもったいない!大学生でいられる時間をできるだけ延ばしたい」と思っていたので、在籍期間を最大まで延ばして卒業できるように綿密な計画を立てていたんです。
具体的には「この時期は仕事が忙しくなるだろうから、休学しよう」と決めたり、「1年間で何単位取れば最大期間まで在籍できるのか?」などを調べて履修を組んだりしていました。
こうして計画的に、かつ楽しく学び続けることができたのは、大学に行く選択を自分でしたからだと思うんです。社会人でこの年齢で、いまから大学に行くなんて何やってるのと人からは思われるかもしれないけれど、でも行きたい、勉強したいと思って、そこに時間や体力を使う決心をしました。
自分で決めたことだから続けられたし、楽しめたんだと思います。そして、そうすることを許してくださった周りの方々や私を取り巻く環境に本当に感謝しているんです。
――読者の中には、学びたいと思ってもさまざまな理由で一歩踏み出せない人もいます。 そんな方々に向けてアドバイスをするとしたら、どんな言葉を贈りますか?
佐々木:いま社会人で「何かを学びたい」と思っている方は、私と同じように大人になってから「学び」の大切さを実感されたんだと思います。
だけど、多くの社会人は自分のことだけでなく、毎日いろいろなことに気力も体力も使わなければならないので、一歩踏み出したいと思っても、なかなか実際に行動に移すことができなかったりしますよね。
さまざまな事情で学ぶ時間や労力が割けないのであれば、「いまは勉強しない、学ばない」と いうのもひとつの価値ある決断です。立場や環境は人それぞれ違いますから、タイミングも人それぞれ。だからいま踏み出せなくても焦ることはないと思うんです。
ただ、もしも具体的な支障がなくて、漠然と「できるかな」とか「できなかったらどうし よう」と思っているのでしたら、あれこれ先のことを考えすぎないで、とりあえず一歩踏 み出してみても良いかもしれません。私も東大受験を決めた段階では、卒業できるかどうかまでは考えていませんでした。
まずは「東大を受けよう」「東大に合格しよう」という 目の前のことだけ見ていたんです。
合格できなかったらとか、東大の勉強についていけなかったらとか、卒業できなかったらとか、先のことはそうなってから考えれば良いと思っていました。
それよりも、いま目の前にあることに注力していって、そうするとその積み重ねで変化が起きたり次の選択肢が見えたりしてきたんです。
結果的に無事に卒業できて安心しましたが、もし最初から卒業を目標にしてしまったら、プレッシャーが大きくなって受験をためらったかもしれません。
自分でその場所に行ってそこでいろいろな物事を見る、聞く、感じる、考えるという体験は、行ってみて初めて体験できることで、それらの経験がもしかしたら自分の人生でかけがえの無い財産になるかもしれません。
自分で動かないとその経験はおそらくできないので、最初の一歩だけでも踏み出してみるのはどうでしょう。人間、最初から最後までを見通すことはできないので、考えても結果がどうなるかはわからないですからね。
ーー学びたい気持ちはあるけど、何を学んだら良いか分からない人はどうすれば良いで しょうか?
佐々木:学びたいことが特にない時期は無理に何か探して学ぶ必要はないように思いますけど、それでも何か学んでみたいという気持ちをお持ちなら、対象を勉強的なことに限らずに見つけてみるのはいかがでしょうか。
趣味でもちょっとした興味でも、ワクワクすることや楽しいと思えることに、これまでより少し気持ちや時間を使ってみるとか。
ただ年齢が上がってくると、勉強する熱意があっても肉体的な負担を感じやすくなるかもしれません。なので、体を使うことはなるべく早く学び始めた方がいいですよ。体力はなかなか重要なポイントです(笑)。
――一方で学び始めたものの、 目的達成 がプレッシャーになり、学ぶことが辛くなって“” しまう人もいると思います。
佐々木:確かに「中途半端はダメ」「学び始めた以上は、目的を達成するまで続けるべきだ」と思わせてしまうような雰囲気って世の中にはありますよね。
何かを途中でやめたことを「失敗した」「挫折した」とネガティブにとらえるみたいな。でも、そんなことは全くないと思うんです。途中でやめたっていいじゃないですか。
いつ何を始めようがやめようが、自分のことなのだから自分で決めていいんですよ。
たとえ「3日坊主」だったとしても、それをしなかった3日に比べて、それをした3日は、 その人にとって貴重な経験になります。やってみて初めて見えてくることだってあります。
もし「自分には合わないかも 」と思ったとしても、それは......3日続けたからこそわかったことかもしれません。
そうやって何かを感じられただけでも、前の自分といまの自分は確実に違うわけですし、それも意義ある学びだと思います。
それから、「その先につながる学びであるべき」という考え方にもあまりとらわれない方 がいいかもしれません。最初から夢や目標を持って勉強していらっしゃる方はもちろん素晴らしいんですけど、必ずしも勉強が先につながらなくても、それはそれでいいのではと思うんです。
私も「何のために勉強しているの?」「大学を受験してどうするつもりな の?」「声優を辞めて違う仕事に就くの?」と聞かれたことがありますが、自分としては、何かにつなげようとか役立たせようと思って勉強しているのではなく、勉強したいから、 勉強が楽しいから勉強しているんです。
結果としてその先に何かにつながったなら、それはうれしいことなんですけどね。
目的を持って学ぼうとする人が「目的達成」にとらわれすぎてしまって学ぶことが辛くなったら本末転倒ですし心身の健康にも良くないです。
もし追い詰められていると感じたときは、目的志向や成果主義のような考え方から一度離れて、いま自分がしている努力は自分が愛せる努力なんだろうか、自分はワクワクして向かっているだろうかと、気持ちから考えてみてもいいかもしれません。
それと、もし学びが続かなかった場合でも、自分を他者と比べて「何もできていない」と か「自分はダメだ」と思う必要はまったくないです。
それよりも「もう少しだけ頑張ってみよう」とか「一旦やめて、またいつか気が向いたらトライしてみよう」とか「今回は続かなかったけど、次は何を学んでみようかな?」と気軽に切り替えた方が、学びに対する姿勢がいつもポジティブでいられると思います。
――佐々木さんにとって、いままでの学びは人生の糧になっていますか?
佐々木:幸せなことに、糧になっていますね。でも、いままでの学びが自分の人生の糧になったというのは、いまだから言えることなのかもしれません。
過去の自分を振り返ったときに「あのとき学んだことがいまになって役に立った」と言えても、その逆にいまの自分から未来を見て「これを学ぶと将来の自分の糧になる!」とは言い切れないですよね。
糧になってくれたらいいなという期待はできても、その時点では不確実な未来のことなので。だから、「学びからの糧」はありがたくいただきますが、糧はあくまで目的でなく結果だと受け止めています。
それに、糧になるかどうかを考えてしまうと、学びに対するハードルが一気に高くなるような気もします。逆に「知りたい」「楽しそうだから学んでみたい!」と気軽に一歩踏み 出した方が、ハードルを感じないんじゃないでしょうか。学ぶことへの動機や理由は、 もっとシンプルで良いと思うんです。
――今後、挑戦したいと思っていることはありますか?
佐々木:東大法学部で学んだ法学や政治の勉強をこれからも続けていきたいです。英語の勉強も再開できればと思っています。挑戦したいことは、勉強系ではいま具体的にはないんですが、また何かふとしたきっかけで思いつくかもしれません。
大学を卒業したのはひとつの区切りでしたが、「この分野はここまでやったからもう終わり」とは考えずに、興味あるものなら学んできたものでも初めてのものでも可能な限り取り組んでいきたいです。
実は、いまも数学の問題集を少しずつ解いていたりします。これも「何かのため」ではなくて、好きだからやりたくてやっていることなんです。
私にとって学びは興味や関心の対象で、「趣味」に近いような感覚なのかもしれません。 勉強を「趣味」というと不謹慎かもしれませんが、仕事と同じように趣味も全力でやっているんです。
好きなことに全力で取り組める環境にいられるのはありがたいことです。そのことを忘れず、仕事でも勉強でも、次はどんなワクワクするものに出会えるだろうとこ れからも楽しみに過ごしていきたいです。
取材・文=トヤカン
【プロフィール】
佐々木望
映画『AKIRA』の鉄雄、TVアニメ『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助、『21エモン』の21エモン、『テニスの王子様』の亜久津仁をはじめとする、数々のキャラクターの声を演じ、近年は舞台朗読、オーディオブック、ナレーション、公演プロデュースなどの分野でも活躍。
2013年に大学入試センター試験を経て一般入試で東京大学(文科一類)に合格し、2020 年3月、東京大学法学部(第1類)を卒業。公式サイト「佐々木望の東大Days 〜声 優・佐々木望が東京大学で学んだ日々〜」では、当時のエピソードなどが細かく綴られている。
【作品情報】
【作品情報】
『声優、東大に行く 仕事をしながら独学で合格した2年間の勉強術』
佐々木 望
KADOKAWA
ペンシルからのプッシュ通知を設定しておくと、新着記事のお知らせなどをブラウザ上で受信できて便利です。
通知を受信しますか?
――そもそも佐々木さんが大学受験を決意したきっかけは何ですか?
佐々木望さん(以下、佐々木):もう20年ほど前のことですが、声帯炎になったことが おおもとのきっかけでした。
声の酷使と疲労で声帯がひどく腫れてしまって、「発声の仕方を一から変えないと、一時的に治ってもまた何度も声帯炎になるだろう」と医師から告げられるほど悪い状態になったんです。
声優の仕事が大好きで、ここで諦めたくないなと思ったので、それまで自己流だった発声方法や演技を根本的に鍛え直そうと思いました。たくさん本を読んで発声や演技、体の使い方を学び直したんです。
その甲斐もあって、新しい発声を身につけることができて、演技への理解も深まったと思います。当時は声優としてはピンチな状況でしたが、あのとき諦めなくてよかったとつくづく感じます。
――それがどのように大学受験へとつながったのでしょうか?
佐々木:発声方法や演技について学んだことが仕事に良い形で結びついたとき「勉強して良かった」と実感できたんです。
諦めずに努力したことが実を結んだのは、とてもありがたい経験でしたし、演技者として成長もできました。いつでも、学ぶことは大切なことなんだと実感しました。
そこから声や演技だけでなく他のことも「学び直したい」と思ったんです。思えば声優も、一生いろいろなことを勉強し続ける職業で終わりがない。そういう意味でも気持ちに余裕ができたのかもしれません。
じゃあ、何を学び直したいのか。考えたときに頭に浮かんだのは、もともと好きだった英語でした。ただ英語を学び直すにしても指針がほしかったので、英検1級合格と通訳案内士の資格取得を目標にしたんです。
それらに合格して、さらに英語を学びたい気持ちは膨らみ......。「それならいっそ、大学でアカデミックな英語を学ぶのもありなのでは?」と思い、決断しました。
――数ある大学の中で、東大を選んだ理由を教えてください。
佐々木:大学について調べていくうちに「最初から英語だけに限ってしまうのはもったいないかも?」と思い始めたんです。
次第に「まったく知らない分野に挑戦してもいいんじゃないか」「もしかしたら他にも好き、楽しいと思えることが見つかるかもしれない。 それなら総合大学を受験したいな」と考えるようにもなって。
条件としては、声優の仕事を続けながら通いやすい場所にあることで、そして教育レベルが充実している大学に行きたいと思いました。せっかく挑戦するなら、目標を高く設定したかったんです。東大は、これらを満たす大学だったので志望しました。
――仕事と勉強の両立は難しかったと思います。大変だったことやストレスを感じたこと はありませんでしたか?
佐々木:正直、勉強に関して大変だと思ったことはありませんでした。もともと、興味や 関心を持ったことにのめり込むタイプなので、受験勉強も好きだからやっているという感覚でした。好きなことをするのは楽しいですよね。
ストレスもあまり感じませんでした。そもそも社会人は受験勉強だけに集中できませんよね。勉強は仕事の合間にしかできないし、しない、と承知の上で受験勉強に臨んでいたので、勉強の時間が取れなくてもそういうものだと思って気にせず、できるときにできるだけをやっていました。