いつでも、学び続ける人のためのメディア

07

Dec.

2018年12月19日 公開

何を学べば朝倉祐介さんのようになれるのか(シニフィアン株式会社共同代表)

「孫の世代にも残るような新しい産業を作りたい」——何を学べば、ミクシィ社復活の立役者、朝倉祐介さんのようになれるのか?

「孫の世代にも残るような新しい産業を作りたい」——何を学べば、ミクシィ社復活の立役者、朝倉祐介さんのようになれるのか?

毎週水曜22時から生放送している「何を学べば○○さんのようになれるのか(通称なにまな)」。学び続けることで自分らしい生き方を切り開く20人に、 スクーアナウンサー中田有香と受講生が直接問う30分の授業です。

今回は、スタートアップなどの経営支援を通じて「将来世代のための新たな産業を創出する」シニフィアン株式会社共同代表、朝倉祐介先生の授業で語られた人生の転機や挫折から得た学び、これから目指す先についてご紹介します。

朝倉 祐介 先生

シニフィアン株式会社共同代表

中田 有香

受講生代表

学びノート

SESSION高校に進学せず、騎手の養成学校へ

27

それでは、本日の先生をご紹介します。シニフィアン株式会社共同代表の朝倉祐介先生です。よろしくお願い致します。

2460

よろしくお願い致します。

27

さて、朝倉先生というと、本当に、経歴を話すと30分経ってしまうのではないかというくらい、様々な経歴をお持ちなのですけれども。最も多くの方がピンとくるというと、株式会社ミクシィを立て直したといいますか。入社されて1年半で社長に就任し、1年で様々な取り組みを。

例えば、モンスターストライク、私も大変熱中していたのですけれども。そういったもので立て直したという印象がある方も多いと思うのですけれども今日は、そこ以外の話ですね。学生時代の起業の話ですとか、中学校卒業後のお話など、伺っていきたいと思います。

27

では、まずはじめに、朝倉さんの人生の転機について伺いたいのですけれども。それが、中学校卒業後のお話なんですね。

2460

そうですね。私、関西のほうで育って。中学校を卒業したあとに、普通の高校に進学しないで、オーストラリアに行きまして。そこで、競馬の騎手になるための養成学校に入ったんですね。そこが大きな転機だったのかなと思っています。

27

でも、当時、高校進学率が95%以上の時代でしたので。けっこう周りの反対とかがあったんじゃないですか?

2460

普通、反対しますよね(笑)親も反対しますし、周りも、「またこの子が変なことを言いだした」という、そういう感じでしたね。

27

どのような思いで、オーストラリアに行くことを決められたんですか?

2460

当時、当然、中学生だから普通にいったら、高校受験をして高校に入る。進学塾に行って、一生懸命、勉強をしていたのですけれども。そのことについて、一体、何の意味があるのかなと、いろいろ考えていたんですね。

2460

いろいろ考えた結果、高校に行くのは、良い大学に行くためだろう、と。良い大学に行くというのは、何のためなのかなと思うと、それはきっと良い会社に就職するためだろう、と。良い会社に就職するというのはなんでなんだろうなと思うと、良いお給料が得られて、何かしら社会的なステイタスを得るためだろう、と。

SESSIONいい大学に入って、いい会社に入るのは何でだろう?他人の価値観ではなく、自分の価値観を大切にした

2460

それって何のためだろうと思うと、世の中の人から見て、「あいつはうまくいっているよね」「幸せにやっているんじゃないかな」と、そういうふうに思われるためなのかなと。そこまで考えて、「それは結局、他人の尺度で測った幸せじゃないか」と思ったんです。

2460

自分の価値観や尺度ではないし、自身の幸福度合いには全く関係がないなと思って。自分にとって、全く意味のないことだなと思ったんですね。ステイタスだとか、お金がもらえるだとか、そういったことよりも、本当に自分がやりたいことを貫き通すほうが、よほど、自分にとっては幸せなんじゃないかなと考えました。

2460

当時、馬が非常に好きでしたし。また、競馬の騎手というのは、実力があれば、世界中、いろんなところで活躍できる、そういう職業なのかなと思っていまして。そういう生き方に憧れて。漫然と高校に進学するのではなく、そういう世界に飛び込もうと思ったという、そういう感じですね。

27

中学生のときに、そこまで考えられるってすごいことですよね。その主体性はどこから生まれてきていたんですか?

2460

なんでしょうね…。当時から、人からああしろ、こうしろと言われるのが、あまり好きじゃないんですよね。自分が本当にやりたいことは何なのか、一番幸せになる方法は何なのかと、いろいろ考えていたらやっぱり、周りの常識に合わせるよりも、自分のやりたいことを貫くのが一番良いのかなというふうに気づきました。

2460

高校に行かなかったと言うと、すごく変な経歴というふうに、周りの人から見られるのかもしれないですけれど。僕自身が考えていた道理でいうと、極めて自然というか。必然的にたどり着いた結論だったという感じですね。

SESSIONやっぱり、高校へは行かない。考えに考え抜いた結論

27

そうなんですね。でも、そうやって、ご自身でしっかりと考えて、熱意を持って話すと、親の反対があっても説得できたり、先生の反対があっても説得できたり、周りの人も応援してくれるようになっていくんでしょうか?

2460

親からは、「そこまでなりたいんだったら良いけど。だったら、せめて高校卒業してから行け」と言われていました。親としたら、極めて自然な、合理的な説得だと思うのですけれど。

それに対して当時、3つくらい、自分なりの考えを話していました。極めて職人的な技量が必要な特殊な仕事だから、そういった技量を身につけるために、なるべく早いタイミングから始めたほうが良いんじゃないかということが一つと。

2460

あと、当時僕は、日本の競馬学校に、目の問題で入ることができなかったこともあり、海外でずっとやっていくというふうに、当初、思っていたんですね。それであれば、異文化の世界になるべく早く溶け込んだほうが良いんじゃないかということ。

あと、もう一つは、失敗したときの善後策ですね。やっぱり、いくら競馬の騎手になりたいと思って努力しても、なれないケースだって高い確率であるわけですよ。いろんな事情によって。もしも、なれなかったときにどうするのかを考えると、やっぱり、普通の道というか、おそらく、世の中の人たちが一般的にたどるような、高校に行って、大学に行って、みたいな。そういったレールに戻るのかなと思っていたんですね。

2460

そういうことを考えたときに。高校を卒業した後に競馬の騎手を目指して失敗した場合、勉強している期間のブランクがあいて、大学に入り直すのって、これは相当、大変なんじゃないかと思ったわけです。こうなってしまうと、なかなか大変だぞということは、中学生なりにも想像がついて。

一方で、変な話、高校って、選ばなかったら、どこでも行けるじゃないですか。高校3年間の間に一生懸命勉強をすれば、大学だって、どこか行けるだろうというふうに思っていて。騎手の夢は挫折し、結局、僕はそうなったんですけれども。

2460

会社に就職しなければいけないとなったときにも、わざわざ高校なんて見られることはないだろうと。要は、大学が良かったら、その過程は大した問題じゃないだろうと思ったんですね。どう考えても、同じやるなら、早いタイミングでやったほうが良いだろうと考えたんです。

こういう3つのことを言っていました。「どうせやるなら、今やったほうが良いよね」ということを伝えて、日本を飛び出したという感じですね。

SESSIONそして、オーストラリアへ。しかし、わずか一年で帰国

27

本当に、中学生の言うセリフとは思えないといいますか。本当に、ビジネスの場で、誰かを説得しているプレゼンのような感じの勢いを感じてしまいました。見事、オーストラリアに1人で行くことができて、騎手養成学校に通うのですけれども。実は、その中で、身長の問題で、1年ほどで帰国しなければいけなくなるんですね。

2460

そうですね。それが大きな挫折体験だったのですけれども。競馬の騎手って、体重が重すぎるとなれないんですね。16歳のタイミングって、非常に背も伸びるタイミングじゃないですか。背が伸びたら、必然的に、体重も増えてしまうということもあり。体重がドッと増えたんですよね。

そうなると、減量が大変で。ある程度、軽い体重じゃないと、騎手の仕事を続けていくことができないんです。ずっと減量をしていたら、最終的に、体脂肪が一桁の前半、3%くらいになって。これはもう無理だなと思って、諦めて日本に帰ってきたということですね。

27

そうですよね…。体力も必要なので、減量しすぎてしまうと、それはそれで体力がなくなってしまったりしそうですもんね。

2460

そうですね。脂肪がないので、すぐに体がしびれるという状態でしたね。

SESSION騎手がダメなら、競走馬を育てる側になる。しかしまたもや試練が

27

そこで、一つの挫折を味わってしまったのですが。そのあと、人生の挫折として挙げていただいているのが、17歳の頃ということなのですけれども。帰国した後、北海道で、競馬の育成業務をされていたんですね。

2460

そうですね。競走馬の育成業務ですね。北海道って、日本の中では、馬産地として、競走馬の生産地として、非常に有名なところなんです。北海道の牧場で、競走馬になるための、競馬の世界で言うと、1歳馬とか、2歳馬とか、そういう若い競走馬の卵を調教するような、そういった仕事を当時やっていました。

27

そのときに、かなり、名馬の子どもを育てていたりされていたということなのですけれども。その仕事も1年ほどでできなくなってしまったと。

2460

もっと短かったですね。交通事故に遭いまして。当時、16歳、17歳でしたが、生活するのに足が必要で。16、17歳だと、車の免許は取れないじゃないですか。

そこでバイクに乗っていたんですけれども。北海道って、足がないと生活ができないですからね。ところが、交通事故に遭い、左足を粉砕骨折しました。複雑骨折のさらに激しいものですよね。骨折してしまって。いわゆる、肉体労働を続けられないような状況になってしまったというのが、17歳の頃ですね。

27

それは、精神的に、かなりきつかったんじゃないですか?

2460

そうですね。精神的にもきついですし。単純に、肉体的にきついですね。結局、3カ月ちょっと入院していて。足は、信じられない激痛ですし。毎日、熱が40度でるんですよ。熱が上がって下がっての繰り返しを毎日やっていて。だから、肉体的にも、精神的にも、非常に厳しかったですね。

27

そこから這い上がる力を身につけたというふうに伺ったのですが。その状態から、どうやって這い上がる力を身につけていったのでしょうか。

SESSIONプランAがダメなら、プランBで

2460

非常に、肉体的にも、精神的にもきつかったです。騎手にもなれず、また、競走馬に関わる仕事もできなくなってしまったし。17歳にして学校にも行っていないし、仕事もないし。今でいうニートですよね。ひどい状態になって、それはそれで、もちろん、厳しかったのですけれども。

ただ、心のどこかで、「またもう一回やり直せば良いかな」くらいの、ある種、あっけらかんとした気持ちもあったんですね。実際、ゼロからというか、そこからやり直して。なんとか、今も生きているなという感じではあるのですけれども。

2460

なんでそういうふうに思えたのかなというと。それは、やっぱり、15歳でオーストラリアに渡ったときに、もしも自分がその道でうまく騎手になることができなかったら、また方針転換すれば良いや、と思っていたからなのだと思います。

ビジネスでも、プランAといって、元々やろうとしているシナリオと、プランBといって、もしもプランAが失敗したときの次善策、対応策みたいなものを立てて考えますよね。会社の方針を決める際にも、「プランBはどうなっているんだ?」というようなことを言いますけれども。

あらかじめ、プランBというものを用意して臨んだので、ひどい状況ながらも、気持ちの面では、まだなんとかやってこられたのかなとは思いますよね。

27

10代の頃から、すでに、そういうビジネスで使えるようなスキルを自然と発揮されていたんですね。

2460

もちろん、「プランB」なんて言葉は知らなかったですけれども。そういうふうな考え方をしていたのかなと。よく、「退路を断つ」という言い方をするじゃないですか。逃げ道をなくして、眼の前のことをやり切るという考え方は、非常に勇ましく聞こえるのですけれども、私自身は、そういった考え方があまり好きではありません。

ビジネスにしたって、自分のキャリアにしたって、やろうと思ったけど失敗することって、あるわけじゃないですか。そうなったときにどうなるかということを、あらかじめ考えておかないと、なかなか安心できない。安心して事に臨めないと、多くの人たちは十分な力を発揮できないんじゃないかと思うんですよね。

2460

例えば、よくあるのが、起業したいというケース。うじうじ考えずに、やりたいんだったらやれば良いんじゃないか、と基本的には思います。ただ、やって、もしも失敗したときに自分がどうなるのか、どうすればいいかということは、あらかじめ、考えておいがほうが良いのかなと。

逆に言うと、そういうプランBを考えてさえおけば、「ダメになったとしても、こういう働き方をすれば良いや」というふうな、心の安心があったら、思い切って、自分がやりたいことにチャレンジできるんじゃないかなというふうに思うんですね。

27

なるほど。逃げ道を作ってしまうと、逃げ道があると、甘えた気持ちが出てしまうんじゃないかとか、全力でできないんじゃないかと思ってしまうのですが。でも、そうじゃなくて、逃げ道、他の道を用意しているからこそ、思い切り、全力投球できるというか。思い切り、やりたいことに打ち込めるんですね。

2460

そうです。人によりけりだとは思うのですけれどね。本当に退路を断ったほうが力が出るタイプの人もいるのかもしれないけれども。ただ、皆、不安じゃないですか。

「ダメになったらどうしよう」って悩んでしまう。じゃあ、ダメになったときにどうすれば良いかなということを考えておけばいい。「ダメでもなんとかなるでしょ」と心の準備ができていれば、世の中、こわいものはないんじゃないかなと思いますよね。

SESSION仕事で大切なことは、騎手養成学校時代で身につけた

27

なるほど。そのあと、専門学校で、大学受験資格を取得し、東京大学に合格。その在学中に、IT企業のネイキッドテクノロジーというところを起業して。

そこから、本当にすさまじい経歴というか。大卒後、マッキンゼーに入社し。そのあと、ネイキッドテクノロジーの社長兼CEO。そして、そのあと、ミクシィに売却し、入社して、1年半後に社長になり、V字回復させ。退任して、スタッフォード大学客員研究員に就任。

2460

長いですね(笑)

27

すごい経歴なのですけれども。朝倉さんの講演会の記事とか、インターネットの記事とかを拝見していると、いろんなものを馬で例えるという印象があったんですね。この中学校卒業後の騎手養成学校の経験ですとか。あとは、競走馬の育成業務の経験。ご自身の経歴の中で、この部分のこういうところが生きていたなということはありますか?

2460

やっぱり、15歳で日本を飛び出して、競馬の騎手になろうとした経験が、今でも自分の原点というか、土台になっているところが、非常にあるのかなというふうに思っています。どういう意味で、自分の土台になっているのかなということを思うと。

やっぱり、主体性を発揮しなければいけないということ。自分で意思を持って行動しなければいけないというところが、非常に大きかったと思うんですよね。普通であれば、高校進学をするところを、高校に進学をしないで、日本を飛び出して、そういった、ぜんぜん違うキャリアを辿ろうというのも、一つ、自分で考えて行動しなければできなかったことだと思いますし。

2460

また、そういった、ぜんぜん知らない環境の中で、自分の騎手としての技量を磨いていきたいわけですよね。そうなると、当時は15歳、16歳とかですけれども、技量を磨くチャンスを掴むためには、オーストラリア人の調教師のところに行って、僕を使ってくれ、と。

僕に調教の手伝いをさせてくれと、営業をしなければいけないわけですよ。そうした活動だって、誰かが指示してくれるわけではないから、自分で考えて、主体的に行動しなければいけないわけですよね。

また、馬に乗っているときも、乗っている間は、馬と向き合っているのは自分だけですから。単に、漫然と乗っていて良いわけではなくて。自分の行かせたいほうに行かせるだとか、自分の走ってほしいペースで走らせるとか。意思を持ってちゃんとコントロールしなければいけないわけですよね。

27

人同士じゃないからこそ、もっと難しそうですよね。

SESSIONスタートアップで取り戻した「主体性」

2460

そうですね。馬の良いところは、人間と違って嘘をつかないところですね。面従腹背はないし、嫌だと感じることはなかなかやりません。それでも、やらなければいけないことは分からせなければいけない。「やってくれ」と言ったところで、やっぱり、馬の耳に念仏なんですよ。

言葉が通じるわけがないんだから、自身の行動を通じて今やるべきことを分からせなければいけない。馬に接しているときは、舐められちゃいけないし、自分がボスでなくてはいけないんです。そういうのって、やっぱり、主体性が試されることじゃないですか。その学びというのは、非常に大きかったですね。

2460

一方で、日本に帰ってきて、事故に遭って、専門学校に行き、大学に行き、そのあと、一度は就職をするのですけれども。まあまあ普通の育ち方というか、働き方、キャリアの辿り方だと思うんですよね。そうなってくると、ある種、レールに乗っておけば良いから楽なんですね。本来持っていたはずの、「主体性を発揮しなければいけない」ということを、どこか、自分も忘れてしまうんですよ。

2460

専門学校に入って、そこから大学を目指そうというのは、自分にとっては失敗した場合の既定路線だし。変な話ですけど、大学受験で文系の人間であれば、東大の法学部を目指すのって、極めて分かりやすいし、進路選択としては非常に楽なんですよ。

だって、とりあえず何も考えずに、世の中的に一番良いとされているところを目指せば良いだけなんですから。目標としては、自分の頭では何も考えなくて良い。ものすごく分かりやすいゴール。

2460

大学4年間は、学生として普通に過ごしていれば良いわけですし。そこから、就職したんですけれども、就職したらしたで、どこかから仕事は降ってきて、毎月月末25日になったら給料が支払われている。その期間を通じて、非常に受け身になってしまったなと、反省する点が多々あります。

10年くらいの間に。やっぱり、「自分で何かをやらなきゃ」というふうに、主体的に動いていたときの感覚を忘れてしまったような側面もあったと思うんですよね。薄れてしまったような。

2460

その後、自分が学生時代に仲間と作ったスタートアップに戻るのですけれども、やっぱり、放っておいたらスタートアップって潰れてしまうわけじゃないですか。そうならないために、動き続けなければいけないし、自分たちで仕事も取ってこなければいけない。

キャッシュだって、何とか捻出しなければいけない。そういった主体性を求められる場というのは、競馬の騎手を目指していた頃の感覚に、ある種、近いものだったと思います。

そうだよな、これが当たり前なんだよな、と。給料って、放っておいたら勝手に振り込まれるものじゃないよな、ということを思い出すきっかけではありましたよね。

27

そうですよね。主体性というのを、本当に10代の頃から大切にされているんですね。

2460

それをちょっと忘れてしまった時期があったわけですけれども。

27

でも、そうですよね。例えば、進学するとか、就職するとか、当たり前すぎて、疑うことが難しいじゃないですか。そこを疑えるのが、すごいなと思いました。

2460

やっぱり、それが本当に自分にとって幸せなことなのか。皆が正しいと信じていることが、本当に自分にとっても良いことなのかということは、昔から非常に考えていたんだと思います。今でも大切にしていることですよね。

27

皆が良いからと言って、自分が幸せとは限らないから。自分はどう思うのかということを考えて。

2460

そうですね。他人からどう思われるかなんて、自分の人生にとって一番どうでも良いことですよね。人から評価されたくて、褒められたくて生きているわけではないので。そう思うと、もっと自分に素直に、やりたいことをやればいいんじゃないかと思います。

27

そうなんですね。朝倉さんの様々な記事を見ていたときに、ミクシィのお話も、やはりいろいろと記事化されていますけれども。そこで、最初、入社したあとに、平社員だったのに、自分はこうやって会社を立て直すと、いろんな人に言って、執行役員の方々の辞表を出してもらって、社長に就任というのを見ました。

それも、入社したら、自分の業務にいっぱいいっぱいになってしまう中。さらに、自分は、この会社を立て直すんだという意志をもって行動されているのが。その原動力はどこから来ているのでしょうか。

SESSION会社を立て直すのは自分。使命感と怒りが原動力に

2460

勝手に「やらなきゃいけない」と思ってしまったんですよね。自分がやらなきゃいけないと。別に、誰から頼まれたわけでもないし、やってくれと言われたわけじゃないんだけれども。

何か、自分がやらなきゃいけないって、勝手に思ってしまったんですよ。じゃあ、原動力は何かと言うと。人によって、モチベーションの源泉は様々だと思うのですが。

2460

おそらく、私の場合は、腹が立つこと、怒りみたいなものが、原動力なのかなと思います。もう、腹が立つことが許せないんですよね。何かというと、馬の世界で生きていこうと思っていたときにしても、小さなスタートアップにいたときにしても、自分でなんとかして道を切り開いていかなければいけないと思って一生懸命やってきたつもりです。

その感覚からすると、周りの環境のせいにしていたりだとか、なんとなく漫然とルーティンをこなしているだけの状況に面すると、許せないと感じてしまいます。裏返していうと、ものすごいポテンシャルがあるのに、そういったポテンシャルが生かされていないことに対して、ものすごくもったいないと感じてしまう。

おそらくそういった会社、日本中、いろんなところにあると思うんですよね。せっかくのポテンシャルが生かされていない状況って、日本中のいたる所にあるんじゃないかなと。それはもったいないことだし、見ていて悔しい、じれったい気持ちになりますよね。なんとかしなくてはいけないと思ってしまう。

SESSIONプランBがあることで、自分の正義を貫ける

2460

あともう一つ、さっきプランBという話もしましたけれど、僕の場合は、言うべきことを言い、やるべきことをやって、疎まれようとクビになろうと、それでもいいや、と。後はなんとかなるだろう、と。ある種、楽観さがあったので。おかしいと思うことはおかしいと言おうという、腹決まりはしていました。

だけど、そういうふうに開き直ることができないと、自分が正しいと思うことや、やるべきだと思うことって、できないと思っているんですよ。これも、プランBが大事だという話だと思うのですけれども。自分が正論を貫いて、正論を貫けなくなった結果が、ちゃんと見えていて、そのための心の準備ができていたら、何でもできると思います。

27

そうですよね。会社勤めの方で、今、ご覧になっている方で、心に突き刺さったという方もいらっしゃるんじゃないかなと思って。自分の仕事ではないとか。

例えば、会社がこのままではいけないと思っていたとしても。それは、もっと上の立ち場の人の仕事だとか、自分の業務ではない、自分の仕事ではないと、どこか言い訳にしてしまっている部分があるんじゃないかなと思ったので。自分は何をしたいかというところに素直になってやっていくということが大切なんだなと感じました。

2460

はい。

27

では、お時間が迫ってきたので、最後にこれからのことを伺っていきたいのですが。朝倉さんがこれから成し遂げたいことを伺いたいのですけれども。

SESSION新興企業の成長を通じて、孫の世代にも残るような新しい産業を作りたい

2460

僕自身は、30年後、40年後、50年後と、日本の先々の将来を見越したときに、少しでも富の源泉となるような産業を作っていきたいという大風呂敷を広げています。

先ほど、「怒り」と言いましたけれども、組織の中にいると、その組織をなんとかしなければいけないという気持ちを持つだとか、その組織の矛盾点がいっぱい見えてきて、それに対して怒りを覚えるのって、極めて自然な感情じゃないですか。

2460

ところが、組織から離れてしまうと、正直、どうでも良いんですよね。ある組織が衰退しようと、どうだろうと、別に自分は困らないし、世の中のほとんどの人は困らないと思うと、ダメな会社がダメであろうと、どうでも良いわけですよ。関係ないから。

だから、怒りも感じません。自分が組織の一員でない限り、個々の会社というレベルで、怒りを持つことって、できないなと。矛盾を感じることはできないと思っています。

2460

一方で、やっぱり、自分なりに生まれ育った社会に貢献して生きていきたいと気持ちは、やはりどこかにある。そう思うと、自分たちの周りにあるいろんな資産が十分に活用されていないことに対して、ものすごい矛盾や憤りを感じることがあります。

僕は、基本的に悲観的な人間なので。将来の日本に対して、明るい展望をなかなか描けないんですね。描けない。放っておいたら描けない。だけれども、そういうものを少しでもなんとかしなければという思いは、強くあるわけですよ。

2460

「日本のために」と言うと、ちょっと抽象的すぎて、なかなか想像できないのだけれども、たとえば、自分の子どもや孫の世代に、「おじいちゃんの世代のせいで、僕たちの国はこんなになってしまって嫌だな」と言われる状況って、やっぱり耐えられない。

悔しいし恥ずかしい。恥ずかしくない状況を作るために、何か自分ができることをやっていかないと、後悔を残すと思うんですよね。すごく抽象めいた話で恐縮ですけれど、私自身は、新興企業の成長を通じて、孫の世代に残せるような新しい産業を作っていくということに、何らかの形で貢献したいと思っています。新しい産業を作る道筋は、どういう形でも良いと思うんですよ。

やり方は、方法論は、いくらでもあると思っています。自分で起業するという人もいるでしょうし、会社に入って大組織の中で事業を推進するという人もいることでしょう。その方法論自体は、何でも良いのですけれども。そこに多少なりとも自分が得意そうな方法で、何かしら貢献していきたいという思いを持っています。

27

なるほど。ありがとうございます。私も朝倉さんのように、起業したり、会社を立て直したり、大きなことはできなくても、自分のやり方で、孫の世代に恥じないような生き方をしていきたいなと感じました。ありがとうございました。

2460

ありがとうございます。

27

今のお話の最中、いろんな方からコメントがきております。気になるコメントはありますか?本当にたくさんいただいていまして。学んだ投稿もたくさんいただいていますので、いくつかご紹介していきますね。

2

かっこいい。人生のドライバーズシートには自分が乗る。

2460

かっこいいフレーズですね。今度使います(笑)

1

未来の子どもたちのために。

3

会社を辞めたら辞めたら辞めたで良いやという感覚を持つ。首がこわくなければ、自分が正しいと思うことが言える。

27

では、続いて質問をご紹介していきます!

SESSION人は簡単には変わらない、まずは自分が変わる

4

主体性と熱量に対して受身なメンバーや温度差のあるメンバーには、組織という中で、どのように対応されてきたのか気になります。

2460

僕が上手くできていたがどうは別として、その人に何かしらモチベーションというか、インセンティブを感じてもらうような環境をどうやって作るかだと思うんですよね。結局、人を変えることなんて自分には無理だと思っているんですよ。

人は人ですし、自分にカリスマ性なんてあるわけないし。自分のことを一切信じていないんですね。人を変えられるという、そんなおこがましいことは。もちろん、言葉を尽くして、「こういうふうにやっていこうよ」とか、「こういうふうにしようよ」ということは、口に出して言います。

2460

だけど、口に出して言ったところで聞いてもらえるとは、到底、思っていない。思っていないので、なんとなく、その人たちが、自分が行ってほしい方向に導かれるような、その人の周りの環境作りというものを考えますよね。その人というよりは、その人の周りの環境作り。

やっぱり、環境を通してでしか、人は変われないと思うので。誰かに何かを言われたからって、簡単にモノの考え方や人柄が変わるほど、皆、安っぽい生き方をしているわけないじゃないですか。だから、人を変えようと思うよりは、環境を変えようというふうに思っていますね。

27

人を変えるのではなく、環境を変えて、環境作りをしていくということなんですね。

2460

そうですね。

SESSION今、圧倒的に世の中に欠けているもの。それは「挑戦する人の数」

2

世界的な金余りで、スタートアップが過熱気味だという印象を持っているのですが。日本でのベンチャーへのお金の集まり方について、マーケットの過熱化について、どうお考えでしょうか。

2460

過熱化していると思います。それに対して、批判的なことを言う人たちがいることも、承知しています。また、こういった加熱度合というのが、一過性のものじゃないかという方がいらっしゃるのも分かります。

その意味することは、私なりによく分かっているつもりです。私がスタートアップをやっていた頃って、年間のベンチャー投資額が700億円もありませんでした。去年が2800億くらい。4倍ですよね。たかだか、7,8年の間に。今年は、3000億、3500億くらいいくと思うんですよね。

これって、完全に、マクロ動向というか、世の中全体での余っているお金の一部が、ベンチャーに向けられている、スタートアップに向けられているということなので。

2460

一方で、過熱気味ではあるのですけれども、懲罰的に蛇口を閉めるべきだという議論が良いかというと、私は違うと思っているんですよ。ただでさえ、日本の人たちって、リスクを気にして、起業しづらいような状況にある中で、今はそういったお金がリスクをとるための呼び水になっていると思うんです。

せっかくそういった機運が起こっているのに、お金の流れだとか、あるいはIPOや買収といったイグジットの蛇口を閉めてしまったら、自分で事業を起こすことにチャレンジしようとする人って出てこないと思うんですよね。今、圧倒的に欠けているのは、挑戦する人の数。その人たちの背中を後押しするためにも、ある種、そういったお金が呼び水になるということは、僕は意義があることだと思っています。

27

なるほど。ありがとうございました。それでは、質疑応答の時間は以上とさせていただきます。皆さん、ご質問、ありがとうございました。本日、お越しいただきました先生は、シニフィアン株式会社共同代表の朝倉祐介先生でした。ありがとうございました。

2460

ありがとうございました。

2018年12月19日 公開

本日の生放送

ペンシルからのプッシュ通知を設定しておくと、新着記事のお知らせなどをブラウザ上で受信できて便利です。

通知を受信しますか?