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2022.06.03

interview

本質的な幸せに近づく、デザインの学び方

本質的な幸せに近づく、デザインの学び方

「デザイン」の重要性が、ビジネスの現場やその他あらゆる場面で注目されるようになりました。デザインのスキルや考え方は、“クリエイティブ職”と呼ばれてきた人だけが持つべきものではなく、さまざまな場面で必要とされています。

デザインの本質とは何か、また全ての人がデザインを学ぶ意義とは何か。Schooの生放送授業「デザイン基礎」を担当し、アートディレクターとして活躍する東京造形大学の教授・カイシトモヤさんにお聞きしました。

※Schooでは、6月から「デザインというカードを持とう」をテーマに、現代のビジネスパーソンに必須のスキルとして「デザイン」にまつわる授業群をパワーアップさせていきます。

目次

  • 複雑なものをシンプルにするデザイン
  • どんな仕事でも、デザインは取り入れられる
  • はじめてデザインを学ぶ、一歩目の踏み出し方

複雑なものをシンプルにするデザイン

──近年、デザインの重要性が叫ばれている理由は何なのでしょうか

 

さまざまな理由があると思うんですが、一つは世の中があまりにも複雑化したからでしょう。社会経済がグローバル化し、人の価値観を一様に語れなくなった。

 

デザインって、“ある構造”があった時に、その構造にまとわせるもの、構造の周りを形作るものでもあるんですが、社会という構造が複雑化したのに、まとわせるものが従来と同じ姿では、不都合が生じてきたんです。

 

ビジネスの世界で例を挙げると、何かモノを売る場合、ターゲットに対して「この世代の人たちはこれが好きだよね」とか「この層に売れそうな商品を作ろう」というやり方が王道だったのが、それでは通用しなくなってきた。

 

社会もニーズも複雑化しているのに、方程式が固定化されたままでは新しい価値を生み出せません。例えば、言語的なロジックの外にあるものや、複雑なことをシンプルに磨きあげる方法が求められている。これがデザインが注目されている大きな理由だと思います。

 

──解決策として注目されている「デザイン」とは何なのか、カイシさんの定義をお聞きしてもいいですか。

 

あくまでも、定義する人の数だけ定義があっていいと考えていますが、あえて僕が言葉にするのであれば、「目的のために、かたち(としくみ)をつくること」です。

 

「目的」は例えば、訴求することや誘導すること、信頼を得ることなど。「かたち」は、視覚表現や、立体物、空間、それに出来事や現象も含まれます。目に見えたり触れられたりするものだけを指すのではないということです。

 

一つ引用させてもらうと、アメリカのポールランドというグラフィックデザイナーが残した「デザインとは、かたちと中身の関係性だ」という言葉も好きで、これもデザインが仕組みに関与していることを表しているとも考えられます。

 

──かたちであり、関係性なんですね。

 

「関係性をつくる」ことはデザインの重要な役割ですね。グラフィックデザイナーと聞いて連想される仕事の一つにレイアウトがあります。ライターが書いた文章やコピー、カメラマンが撮った写真、イラストレーターが描いたイラストレーションなどを組み合わせていく役割ですが、文章を生み出したわけでも、自らシャッターを切ったわけでもないですよね。

 

行っているのは、それぞれに強弱や役割を与えて、目的に合わせて適切に配置していく、まさに関係性のクリエイションです。

 

かつてアップルが音楽プレーヤーのiPodを作った時、革新的な技術は何一つ含まれていませんでした。小型ハードディスクは当時から存在したし、音楽ファイルの圧縮技術もタッチ式インターフェースもすでにあった。ただ、それらを組み合わせることで「音楽を手軽に持ち運ぶ」という、新たな価値観や暮らしを人々に提案したんです。これはまさにデザイン行為そのもの。関係性のクリエイションであり、「ビジョン」を与えることで複雑なものをシンプルにした例でもあります。

 


どんな仕事でも、デザインは取り入れられる

──私たちの普段の仕事では、どのように活かせばいいのでしょうか?

 

あらゆる仕事で活かせると思います。

 

世の中の仕事は「クリエイティブ・クラス」とそうでない仕事に分けられると言われていて、アメリカの社会学者であるリチャード・フロリダ教授が提唱した概念です。クリエイティブ・クラスとは、人間の思考やアイデア、創造的過程が必要になる職域をまとめて定義したもので、例えばIT、医療、科学、マネジメント、教育、デザインなどに関わる職業が含まれます。

 

知的生産を行わない「非クリエイティブ・クラス」は、このままではAIに代替される可能性が高く、長期的には危機にさらされています。

 

この格差を埋め、社会がより豊かになるためにも、リチャード・フロリダ教授は自著『新クリエイティブ資本論 ─才能(タレント)が経済と都市の主役となる─』において、非クリエイティブの職域の人々にもクリエイティブな能力を磨くよう努めています。

 

──非クリエイティブ職種に属している人でも、クリエイティブな能力を活かしたり、磨いたりすることはできるのでしょうか?

 

例えば、工場労働者が製造ラインの動線を見直したり、新たに工具を作ったりすること。自らの生産性を向上するための工夫です。サービス業の労働者であれば、顧客の体験をビジョンとして描き、人を感動させる接客を心がけたりすることです。

 

結果的に誰かに感謝されるとか、仕事が認められて出世するといったこともあるかもしれませんが、そうでなくても、自分で工夫して良くしていく行為そのものが、実は本人の幸福度に大きく関わっているんです。

 

──やりがいを感じられているか、ですね。

 

雇用する側が「やりがい」を雑に扱ってしまうと世に言う「やりがい搾取」につながるので気をつけてほしいですが、創造性や自発性といったものが幸福度を高めるキーワードになってきます。

 

創造性はなにもデザイナーやクリエイター職だけに与えられた特権ではありません。世の中にある仕事の多くは考え方一つで、クリエイティブにも非クリエイティブにも傾き、非クリエイティブに傾いてしまった仕事は「作業」と化し、AIに代替される危険があるのです。

 

営業の仕事ならお客様との関係性、企画なら対象となる人やモノとの関係性、人事ならチームメイキング。あらゆる仕事において、デザイン的な考え方で構造や関係性を捉え、自ら工夫していくことはできます。

 

なので、「デザインを学ぶ意義は?」という問いに、極論で答えるならば「幸せになるため」と言えます。

 

──とはいえ、決められた手順を踏むことが求められ、創造性があまり発揮できない職場もありそうです。

 

もし本当に決まったことしか許されない仕事をしていたり、創造性を発揮できる余白が足りないと感じるのであれば、その場所に求めなくたっていい。今の時代、社会との関係性をつくる手段はたくさんあります。

 

最初のステップとして“創造的なモード”に自分を置いてみる。まずは経済的な報酬と切り分けてもいいと思います。文章を書く、絵を描く、写真を撮る、日々の気づきなど、SNSにアップしてみる。YouTubeで動画を更新してもいい。仕事とは“別のモード”の自分で社会との関係性をつくればいいんです。経済的な評価にかかわらず、創作活動をしている人たちが幸せそうに見えた経験、みなさんもあるのではないでしょうか?

 


はじめてデザインを学ぶ、一歩目の踏み出し方

──これからデザインを学んでいこうとする時、何からスタートすればよいでしょうか?

 

現在は学びのチャネルがたくさんありますし、アンテナを張れば自分に合うものが見つかるはずです。

 

ただ、よくあるのが「PhotoshopとかIllustratorを学べばいいですか?」とスキルやツールの話になってしまうケース。スキルを学ぶのも良いかもしれないけど、本質が抜け落ちてしまうので、並行して理論や考え方にも触れてほしいと感じます。

 

美術大学や専門学校の社会人向けプログラムも増えていますし、Schooにもたくさんデザインの授業があります。僕の授業「デザイン基礎」を選んでくれると嬉しいですが、気になるものを選んで受けてみるのもいいと思います。

 

あと、書籍はおすすめです。自分ひとりが人生で経験できることは限られていますが、自分ではない誰かが一生懸命勉強して得たことや、体験したことをインストールできるのが本。本はチートです(笑)。

 

今日の話に共感したり、デザインに興味を持ってくれたなら、僕の“せっちょ”である『たのしごとデザイン論 完全版』をおすすめします。本質的な話から、表現の話、キャリアの話など、デザインを通して明日が楽しくなるように書きました。「拙著」というより“せっちょ”なので、気軽な気持ちで手に取ってくれると嬉しいです。

 

『たのしごとデザイン論 完全版』

 

──デザインを学んでいく時、仕事や「できること」に直結しないと、不安な気持ちがあるかもしれません。

 

世の中ってグラデーションなので、自分の仕事は単純にクリエイティブだ、クリエイティブではない、と言い切れないと思うんです。

 

創作に関わらない職種の方も、「選ぶ場面」は多くあるかもしれません。選ぶ行為も当然ながらクリエイティブに参加しています。デザインを適切に評価できるようになるために学ぶのも良いですし、まずは教養を一つ得るぐらいの気持ちで学び始めていいと思います。

 

取材・編集=富澤友則

 

 

Schooでは、デザインのプロフェッショナルたちが語る生放送イベントを実施します。

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