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May.

2019年02月18日 公開

何を学べば松田公太さんのようになれるのか(前参議院議員 タリーズコーヒージャパン創業者)

「理不尽には、正義で勝つ」——何を学べば、タリーズコーヒージャパン創業者、松田公太さんのようになれるのか?

「理不尽には、正義で勝つ」——何を学べば、タリーズコーヒージャパン創業者、松田公太さんのようになれるのか?

「何を学べば○○さんのようになれるのか(通称なにまな)」。学び続けることで自分らしい生き方を切り開く20人に、 スクーアナウンサー中田有香と受講生が直接問う30分の授業です。

今回は、前参議院議員/タリーズコーヒージャパン創業者の松田公太先生の授業で語られた人生の転機や挫折から得た学び、これから目指す先についてご紹介します。

松田 公太 先生

前参議院議員 タリーズコーヒージャパン創業者

中田 有香

受講生代表

学びノート

SESSION新卒で入社した会社は、5年で辞めようと決めていた

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本日の先生をご紹介します。前参議院議員/タリーズコーヒージャパン創業者の松田公太先生です。よろしくお願いします。

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よろしくお願いします。

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松田先生は、タリーズコーヒージャパン創業の他に、Eggs’n Thingsの日本一号店をオープンさせたり、食を通じて、文化を世界中に広めていらっしゃいます。

今日は、タリーズコーヒー創業以前のお話ですね。銀行員時代のお話ですとか、タリーズコーヒー創業以前のお話を中心に伺っていこうと思います。今日は、よろしくお願いします。

まず、人生の転機を伺って、挙げていただいているのが、銀行を退職したときということなんですけれども。そのときのお話を伺えますか?

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私は、もともと、銀行を5年で辞めようと思っていたんですね。5年間のうちに、自分が納得がいくような成績を残すことができたら、というのが一つ。そして、もう一つは、ちゃんと恩返しができたら。

最初の数年間というのは、新卒で入って、あまり使いものにならないレベル。新社会人ですから。それを、銀行のほうで育てていただいてある程度、一端の仕事ができるようなレベルになっていくわけですから。

その時点で、ちゃんと恩返しができていなかったら、自分だけ得るものがあって、それであるレベルに達したから辞めちゃうというのは、いかんなと思ったので。あるレベルに達するというのは、私の中で作った数値目標は、自分の給料、稼いだお金が、自分の給料の5倍くらいになることを目標としてやっていたんですね。

ですから、この二つがしっかり実現できたら、5年で辞めようと思っていました。

SESSION将来は起業する。だから銀行を選んだ

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すごい。元々、アメリカに住まれているときから、お寿司を海外に広めたり、食を広めたいということを目標に掲げていらっしゃったと伺いました。新卒で銀行を選ばれた理由は、どうしてなんですか?

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やはり、当時は、本当に売り手市場。今もそうだと思うのですが。バブルの絶頂期だったわけですね。ですから、だいたい、どこの企業に行っても、引く手あまただったんですよ。

どこでも、ある意味、入れるような、学生にとっては良い時代だったんです。そういう時代だからこそ、いろいろ見て回ろうと思って。とにかく、いろんな会社を見て回ったんですね。はじめは、銀行なんて、全く思っていなかったんです。どちらかというと、商社とか、あとは文化の架け橋になるような仕事をしたいなと。

私は、帰国子女で、ずっと海外で育ちましたから。日本のものを海外に発信できるもの、もしくは、海外のものを日本に発信できるものということで、探していたので。商社とか、メーカーとか、食品メーカーとか、いろんなところを回ったんですね。

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銀行は一番最後だったんですけれども。銀行の方々とお会いしているうちに、いろいろ説得されまして。「将来、君は何をやりたいんだ?」と。正直に、全部話していたんですね。起業がしたいと。

そしたら、「だったら、銀行に入るべきだ。銀行に入れば、若いうちから、いろんな経営者と会える。いろんな経営者に会えば、経営哲学であったりとか、理念であったりとか、いろんな勉強ができるんだ。」ということを言われて。なるほどなと思って、だんだん銀行のほうに傾斜していくんですね。

SESSIONパソコン、コオロギチョコ…。銀行を退職後、さまざま輸入ビジネスを手掛けるように

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なるほど。でも、本当に、3年連続表彰されたりとか、実績をあげられて、退職されたわけですけれども。そのあとに、まだ、タリーズの契約が取れていないけれども、退職されて。輸入を中心とする仕事をはじめられるんですね。

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そうですね。とにかく、やりたいことが見つかったので。万が一、そのタリーズとの契約が取れなかったとしても、他に契約が取れるんじゃないかという気持ちもありましたし。

契約が取れるまでの間に、いろいろやってみようと思って。いろんな商品を輸入して売りましたね。例えば、当時、やっとパソコンというものが出始めていて。

e-mailとかですね、Windowsとか、出始めた頃だったんですけれども。そのパソコンに、使えるような関連機器であったりとか。

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また、食でいうと、実は、コオロギが入ったチョコレートというものも輸入して売りました。それは、なんでそれを売ったかというと。コオロギというのは、もちろん、チョコレートに入っていますから、生きたコオロギではないんですけれども。

真空凍結された、フリーズドライされたコオロギを、チョコレートでカバーして。これが、実は、ヘルシーだと。最近、昆虫食ってすごく流行り始めているじゃないですか。

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最近は、よく聞きますよね。

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そうですよね。それを、20数年前に、私、やっていたんですけれども。よく、いろんな人に、お前は早すぎると言われるのですが。それもちょっと早すぎたかなと思うのですが。ヘルシーだし、食感も良いんですね。

ですから、これを日本で売ってみようと思って、輸入をしまして。アメリカのルイジアナ州で作ってもらって。それをキディーランドとか、当時、ソニープラザとか、そういったところに一生懸命、営業して回りましたね。

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昆虫食って、当時、たぶん、ぜんぜん浸透していなかったと思うんですけど。

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そうですね。

SESSION会社の看板がなくても勝負できるか

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どうして、それを売ろうと思われたんですか?いけると思ったんですか?

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一番の理由は、こんなものが逆に売れたら、自分は何でも売れるぞ、という思いだったんですね。銀行に入って、先ほど言っていただいたように、ある程度、成績を残すことができて。社長賞みたいなものも、3年連続いただいたりしたんですけれども。

それは、あくまでも、銀行という看板を背負っていたから。自分はできるんじゃないかと。だから、その看板が完全になくなったときに、果たして自分は営業をして物が売れるのかなということを知りたかったんですね。

特に、パソコンの関連機器というのは、なんとなく売れそうで、実際、売れたんですけれども。こういう変わったもの、これが売れたら、自分の本当に実力で売れたということになるじゃないですか。

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しかも、会社も何もなくて、個人の信用で、そんな、得体の知れないコオロギが入ったチョコレートを会社が買ってくれるかなと、ものすごく心配だったんですが。最終的には、例えば、キディーランドに何回も行って。バイヤーの方とすごく仲良くなって。

そのバイヤーの方に、最終的には、「分かった、うちで取り扱おう」ということで。本当に多く売ってくれまして。一時期、キディーランドの人気ブランドになったんですよ。人気商品で。ちゃんと広告のトップに、表紙に置いていましたから。すごく売れて。

そのとき、また、それを売るだけじゃなくて。キディーランドの原宿に行ったり、梅田に行ったりして。お店の前でアンケート調査なんかもしました。アンケートを自分で考えて。コオロギが入ったチョコレートって皆さん食べますか?ということを街行く若者たちに、いろいろ聞いて、アンケートを書いていただいて。

書いていただいたら、そのチョコレートを渡して、ぜひ食べてくださいという話をしたり。そうやって流行らそうとしたんですね。

SESSIONコオロギチョコが流行った理由

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コオロギチョコを売ろうと思われたとき、周りの反応はいかがでしたか?

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周りの反応というか…。自分でやっていましたから。別に、特に誰に相談したわけでもなく。

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キディーランドの方は?

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はじめはびっくりしていましたよね。そのあとですかね。キャンディの中にちょっと虫が入ったようなものも流行り始めて。

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どのように展開していったんですか?コオロギチョコを日本で流行らせたいというのをキリーランドの方や、様々な企業に伺ったと思うんですけど。

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本当に飛び込み営業ですよね。だって、会社も組織も、何もないわけです。コネもないですし。個人ですから。個人商店ですから。とにかく、飛び込みで行って。何回もバイヤーの方々とお会いして、お話するしかなかったですね。

これは、銀行員をやっていて良かったなと、当時、思ったんですが。やっぱり、銀行のとき、私、新規開拓といって、法人新規と言ったんですが。飛び込み営業ばっかりしていたんです。ですから、いろんな会社に飛び込んでいって、まずは、受付から仲良くならなくちゃいけない。

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これは、銀行員をやっていて良かったなと、当時、思ったんですが。やっぱり、銀行のとき、私、新規開拓といって、法人新規と言ったんですが。飛び込み営業ばっかりしていたんです。ですから、いろんな会社に飛び込んでいって、まずは、受付から仲良くならなくちゃいけない。

受付の方と仲良くなったら、次は担当者と仲良くなる、課長さんと仲良くなる。そして、最後は、社長さんに会わせていただくということを、ずっと、繰り返しやっていたんですね。

ですから、決裁権限者、決済する力を持った人に会わないと意味がないと、私は営業をやっていて思っていましたので。とにかく、キディーランドでしたら、バイヤーさんが若くても、決裁権限をある程度持っていましたので。

ある程度、予算を持っていましたから。その方々にお会いすれば良いということだったんですが。銀行員時代は、それを何回も何回も繰り返してやったことによって、どうやれば相手の懐に飛び込むことができるのかなというのは、学びましたよね。

SESSIONタリーズコーヒーの日本への展開はこうして生まれた

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タリーズを、日本での権利を得たというときも、アメリカのタリーズコーヒーの創業者の方が、たまたま日本に来ていたときに直談判しに行ったというのを、ご著書の『すべては一杯のコーヒーから』で読んだんですけれども。そのときにも、この経験というのは生きていますか?

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もちろんですね。ですから、臆せず飛び込んでいくということを学びましたし。ただ、難しいんですけど、嫌われないくらいのレベルでね。例えば、タリーズと契約がほしいからと言って、毎日、電話をしていたら、たぶん、嫌われると思うし、嫌がられると思うんですね。

ですから、適時といいますか。いろんな情報を提供したりしながら。向こうがこういう情報は必要だろうなと思ったものを提供したりしつつ、同時に、自分の話もぜひ聞いてくださいということで。

3日に1回ずつくらいですかね。たまに連絡をして、電話をしたり、FAXをしたり。当時は、e-mailができたばかりだったので。まだそれほど。日本でも、94年、95年頃は使われていなかったですし。

アメリカだと一般的になってきたのが、95年くらいだったんですね。その頃、一生懸命、e-mailを打ったり。でも、e-mailはもしかしたら見れないかもしれないなと思ったので、FAXを送ったり。そして、電話をしたり。いろんな手法を使いましたね。

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本当に、情熱、熱意のある方だなという印象を受けました。コオロギチョコ、こういったものが売れたら何でも売れるんじゃないかということではじめたというお話だったのですが。

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コオロギチョコ、だいぶ食いつきが良いですね!今日の話題の大半がコオロギチョコになっていますね(笑)

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はい(笑)それも300万円くらいの利益があったということで。

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そうですね。

SESSION自分がいいと思ったモノを信じて売る

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こういった経験を通して、ものを売るときに一番大切なことは、どういったことだと思われますか?

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ものにもよるんでしょうけれども。やっぱり、自分がこれは絶対にいける、と。コオロギチョコも、本当にヘルシーだし、おいしかったんですね、自分の中では。

だから、これは絶対に食べてもらいたいなというふうに思いましたし。現に、20数年後に、これからはもしかしたら昆虫食の時代がくると言われているわけですから。とにかく、自分が信じるもの。どうやって、相手にそれを伝えるか。

どれだけこの商品が良いかというのを、どれだけ情熱を持って訴えることができるかというのが、やっぱり重要じゃないかなと思いますね。

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どれだけ、自分が情熱を持てるか。

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そうですね。

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それは、銀行でも、食品でも、電化製品でも、何においても言えることなんですかね?

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銀行なんかは、私は、この会社に融資したいな、と。この会社と取引をしたい。なぜかというと、この会社は、絶対、うちは当時は三和銀行、今は三菱UFJ銀行ですけど。

融資すれば、絶対にこの会社は伸びるんだと思ったところに、一生懸命お伺いして。大抵、そういう会社って、そんなに、まだ、財務的にも、資金的にも、潤沢ではない状況が多いのですが。

それを、今度また、支店長を説得するわけですね。支店長と、この会社は絶対に伸びますから融資をさせてください、と。それが、やはり、思いがあるから、そういう説得が実現するというか。

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たしかに、思いがあるのと、ただ目先の利益で言っているのは、相手に伝わりそうですよね。

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そうですね。それは絶対に伝わると思いますよ。

SESSION営業は質問が7割

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飛び込み営業をするときも、距離感が難しいというお話、先ほどされていましたけれども。難しいですよね、距離感。どのように縮めていくのでしょう?

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これも、銀行のときによくやったことですが。あまり飛び込みでいって、例えば、社長室にやっと通していただいたとなって。まず、銀行員って、なんとなく、わーっといろいろ提案してくれて、話してくれるという印象を、たぶん、ほとんどの方が持っていらっしゃると思うんですが当時は、特に。

当時は、銀行が絶対的な力を持っていたんです。というのは、融資、間接金融がなければ、企業というのは立ち行かなくなった時代ですね。今は、直接金融がだいぶ広がりましたし、いろんな手法があって。融資も受けられることになっているわけですが。

当時は、銀行経由じゃなかったらどうしようもないという時代だったんです。銀行マンの方がきたら、なるべくお会いして、いろんな提案を聞こうというスタンスを持っている人たちが多かったのですが。

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でも私は、逆で。なんとなく、営業というと、話をするのが7割8割と思われがちですが。逆でしたね。お客様にいろんな質問をして、7割8割、向こうにしゃべってもらおうと考えていました。自分がしゃべるのは、本当に2割3割くらいですね。

ですから、最初から、いきなり、御社に融資したいんですけれども御社の資金状況・資金繰りを教えてくださいなんて言っても、教えていただけるわけがないので。まずは、社長室に通していただいたら、周りを見渡して。

例えば、ゴルフのトロフィーがあったりしたら、「あっ!社長!ゴルフをおやりになるんですね。」というところからはじまって。いろんな趣味の話から入って。

これは、本当に当たり前のことかもしれませんが、徐々に、徐々に、相手の気持ちを溶かしていって。あたためていくと言ったほうが良いんですかね。そして、話をどんどんしていただくということを、当時、考えて、やっていました。

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まずは、人と人との信頼関係というか、そういうところを築いてからということですね。

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そうですね。まず、そうやって話をしているうちに。ちょっと話が戻りますが。ますますこの会社が好きになったり。この経営者はすごいな、と。こんなことを考えて経営されているんだと思うと、ますます好きになるじゃないですか。

そうすると、もっと知りたくなって、もっと聞きだそうというふうに思いますよね。自然とそういうふうに、良いサイクルになっていくんですかね。

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知ることによって、相手を好きになって、どんどん良くしたい、手助けしたいと思う気持ちが伝わっていくんですね。

SESSION銀行時代、本当にあった理不尽な話

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ありがとうございます。この番組は、若手のビジネスマンの方もけっこう見ていらっしゃるので。銀行員時代のお話も伺いたいなと思うのですけれども。

銀行員で、新規開拓で、本当に素晴らしい成績を残されていたと思うのですが。けっこう、理不尽な壁もあったということなのですが。そのときのお話を伺えますか?

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銀行というのは、ものすごく保守的な会社でしたし。今でもそうかもしれませんが。当時は特にそうでしたね。例えば、ワイシャツなんかも、今日、たまたま白を着ていますが。

ブルーのワイシャツを着ていったら叱られましたから。あとは、営業時間中とかに喉が渇いてお茶を飲もうと思っても、机の上にお茶を置いたら、こっぴどく叱られましたし。喉が渇いたらダッシュしてトイレまで行って、蛇口をひねって、水をガッと飲んで、蛇口を閉めて、戻ってくるみたいな。そんな時代でしたけれども。とにかくお堅い場所でして。

いろんな理不尽さを感じながら、銀行員を6年間やらせていただいたんですが。結果的に、5年で辞めずに、6年かかっちゃったんですけど。その当時、一番、なんだこれ?と思ったのは、3年連続というふうに言っていただきましたが。実質は、2年連続なんです。

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3年目は、ちょっといろんな賞があるんですが。それまでは、新規外交として、トップの賞をもらっていたんですが。3年目だけ、ちょっと下がった、「がんばったで賞」みたいな感じのものを頂いたんですね。

それはなんでそうなったかなと。当時、実は、初年度よりも、2年度より、3年目のほうが、自分は成績が良かったという自負があって。自分でも、もちろん、自分の成績が分かるわけですから、相当、自信があったんですね。

3年目が一番自信があったんですけれども。なぜか、3年目に獲れなかった、トップの賞が。非常に、不思議でして。「なんでだろう」と思っていたら。

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支店の中の後輩が1人いたのですが、彼がその賞を獲ったんですね。彼の成績も、ある程度、知っていましたから。一緒にやっていますので。おかしいなと。彼、そんなに新規開拓できたかな、なんて思っていたわけですが。

やっぱり、どうしてももやもや感が払拭できなかったので。ちょっと調べてみようかなと思って。本当は、あまりこういうことをやっちゃいけないんでしょうけれど。

上司の、当時はパソコンでもなかったですね、データを打ち込む機械、端末があって。そこに、いろんな情報を入力して、人事情報なんかも入力していますので、ちょっと見ようかなと思って、見ちゃったんですね。上司がいないときに。そしたら、プリントアウトして出てきたわけですけれども。

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自分のポイント、要は、法人新規の外交というのは、毎年ゼロからスタートするんですけれども。年度が変わって、4月1日から、ゼロからスタートで。口座を1件とったら何点、融資を1億したら何点とか、そうやって加点制になっているんですね。

自分のポイントがガッと積みあがってきていたのに、突然バコンと減らされているということに気づいたわけですね。それは何だろうと思ったら、減らされている部分が、その後輩のほうに移されていたということ。

その後輩のほうは、もちろん、ボンと、私の減らされた半分くらいのポイントが上乗せになるので、賞を獲ったということになったのですが。

SESSION自分の為ではなく、未来の後輩のために。正義を貫いた

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正直、私、そのときはすでに次のステップにいこうというふうに思っていましたから。何これ?と思ったのですが。個人的に、これは許せないぞ、自分の成績を下げやがってとは思わなかったんです。

こういうことをされていたんだということを、ある意味、冷静に受け止めたんですよね。ただ、これをそのままにしちゃったら、たぶん、こういう悪い習慣が、今後もずっと残ってしまって。

もしかしたら、将来、私の後輩とかが入ってきて、頑張ったときに、同じようなことをされて、やる気をなくしてしまったり、モチベーションが下がったりということもあり得るわけですから。これは、ここでなんとかしなくちゃいけないなというふうに思って、会議室に。

よく半沢直樹とかのドラマに出てくるような感じで。会議室に、課長から、支店長代理から、ちょっと集まっていただいて。私の上司の面々ですね。

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支店長は呼ばなかったんです。なぜかというと、支店長は、当時、すごく可愛がっていただいていたんですね。というのは、支店長は、やっぱり、成績優秀な営業マンって可愛いんですよ。

ですから、支店長にはものすごく可愛がっていただいていて。こんなことはあり得ないのですが、若手の私に、「松田くん、支店長車、使っていいぞ。」と。支店長車というのは、ものすごく、周りから見ると、雲の上の乗り物だったわけですが。

私の場合、「本当ですか?ありがとうございます!」みたいな。ちょっと遠方に行くとき、支店長が使わないときに、使わせていただきます、と。本当に支店長車の後ろに、偉そうに、25,26歳くらいのお兄さんが乗って。

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これが自動車電話かという感じで使わせていただいたり。たまに、バーベキューに誘っていただいたり、ゴルフに誘っていただいたり、本当に可愛がっていただいたんですね。

それも、たぶん、気に食わなかったんだと思うんです、他の上司の方々は。また、会議になると、私が話すことって、成績が良いので、支店長が「分かった」となりがちだったんですね。

そういうのも、たぶん、直属の上司とか、中間管理職の人たちからすると、「なんだ、あいつは」という感じだったんじゃないかと思うんですね。

ですから、そういうこともあって、ちょっとこいつは生意気で気に食わないからということで、ポイントをずらされたんだと思うんですね。

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それで、会議室にお呼びして。「皆さん、私、今年、頭取賞を頂けなかったんですが。それはどういうことですかね?」という話をしたら、「いや、松田くんも頑張っていたけど。もう一人のNくんも頑張っていたよ。」みたいな話になっていったんですが。いつまでも、皆、なんとなく煮え切らない感じだったので。

私も、仕方ないので、プリントアウトしたやつを机の上に出して「これはどういうことなんですかね?」という話をしたら、皆、青ざめちゃって。「いや、違うんだ、松田くん」と言いだして。

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「違うってどういうことですか?なんでこういうことをされたのか聞きたいんです。」と言ったら、「いやいや、これは松田くんのためを思ってやったんだ。」と言われました。

「僕のためですか?どういうことですか?」と言ったら、「松田くんは、結局、成績優秀だ。銀行の中、同期の中でもすごく伸びているので。たぶん、トップ昇格するだろう。」と。

トップ昇格というのは、当時、すごく重要だったんです。ピラミッド形式ですから、銀行は戦いですから。一番最初のほうに昇格していかないと、どこかで切り落とされていってしまうんですね。

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ですから、最後、役員とか目指すのであれば、トップで昇格していかなければいけない。トップ昇格できると、今度は支店長代理になる。

「松田くんは、間違いなく来年、支店長代理になる。だけど、仕事ができすぎるが故に、たぶん、仕事ができない人たちの気持ちが分からない。そういうふうになったら、将来、上にいったときに、部下の気持ちが分からない上司になったらまずいなと思ったので、あえてこういうことをしたんだ。」と言われたんですね。

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それはちょっと…。

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ですから、これは失笑しちゃったというか。「そうですか、ありがとうございます。」と。

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そう言うしかないですよね。

SESSION身をもって知った、大企業の病

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言うしかなくて。繰り返しですが、私は、そもそも辞めようと思っていたので。分かりました、そういうことなんですね、ということで終わったんですね。ですから、そういう銀行とか、大企業、特に組織の中にいると。大企業に限らないかもしれませんけど。

長年いると、やっぱり、その中で、どうやって自分が上にいこうか、生き残っていこうか。そのために足を引っ張らなくちゃいけないとか、いろいろ出てきちゃうわけですよね。派閥ができたりとか。

そうなってくると、皆、そうだと思っちゃうわけですよ。だから、松田があんなに頑張っているのは、どうせ、どんどん昇格して、当時は支店長代理とか上司がいましたけど、自分たちを追い抜くためだろう、という気持ちもあるわけですね。

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そういう恐怖感。ですから、そういうのもあって、こいつは今のうちに懲らしめておこうなのか、とりあえず落としておいて昇格しづらくしてやろうなのか、分かりませんけれども。ですから、その当時の銀行というのは、硬直化してしまっていて。仕事をしない人が評価された時代でもありましたから。

融資を10社にして、1社焦げ付きが出るよりも、1社にだけ融資して、それで満足しているというそういう時代でしたから。そのほうが評価される。要は、減点主義ですから。ですから、どちらかというと、足の引っ張り合いのほうが多かったような気がしますね。

SESSIONシステムが変わった。正義を貫いたからこそ、分かったこと

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ただ、一点だけお話させていただくと。辞めるとき。それから数カ月後に辞めたんですが。やっぱり、支店の中で大騒ぎになって。松田くんはああいうことをされたから辞めるんじゃないかと大騒ぎになって。

辞めないでくれという話になって。最後、人事部の次長の方にも本部に呼んでいただいて。「ちょっと松田くん。辞めないでくれ。」と説得されたんですけれども。

そのときに、「すいません。別に、あの事件のことをお聞きになったと思いますが、それじゃあ、まったくありません、私が辞める理由は。元々、起業したくて辞めようと思っています。ただ、ああいうことがあったのは事実ですから。

そういうことが、何より、今後、その仕組み、システムを変えていただきたいです。」という話をしたんですね。

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そしたら、翌年から、実際、人事評価と言いますか、ポイント制度のところに、本人がチェックをして、ハンコを押して、はじめて支店長に回して人事部にいくという、そういう仕組みになったんですよ。

ですから、当たり前のことですよね、本人がチェックするなんていうことは。それまでどういうガバナンスだったんだという話になりますけれども。そういったことも、当時、少しは変えられたので、良かったかなと思いましたね。

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後輩たちのために制度を変えて、次の道へ進んでいったんですね。本人がチェックするという当たり前のようなことが、当たり前じゃないというか。疑う方がいなかったんでしょうね。

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そうですね。それもある意味、上司に権限を与えるということなのかもしれませんよね。ですから、やっぱり、こうしていかないと、うまく上にあがれないという仕組みだったのかもしれませんよね。

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なるほど。ありがとうございます。まだまだお話を伺いたいのですが、お時間が迫ってきたので。最後に、未来のお話を伺いたいのですが。今後、どのようなことを成し遂げたいか、教えてください。

SESSIONこれからは、朝食文化を日本にもっと広げていきたい

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先ほど、Eggs’n Thingsというお話をしていただきましたが。それも、朝食文化。タリーズコーヒーは、スペシャルティコーヒー文化がまだ日本になかったので、それを広げたいと。

当時、まだスターバックスがくる前に、こういうことをやりたいなということで、広げた。結果的には、スターバックスのほうが、ちょっと早く来てしまいましたけれども。そういう経緯もありますが。あとは、朝食文化を広げていきたいなと。パンケーキなんかを朝食に食べるという文化は、日本になかったですから。それを広げたいと。

私、アメリカで育って、ダイナーが大好きだったので。ダイナーに行くと、朝行っても、昼行っても、夜行っても、朝食メニューが食べられるというのが当たり前だったんですね。それが、個人的に大好きだったので、それも広げたいと思って、広めているんです。

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それ以外に、エネルギーの会社であったり。バイオエネルギーですね。自然エネルギーの会社。自然エネルギーを、私は増やしたいという思いが。国会議員時代に、ものすごく芽生えまして。それも、今、やらせていただいていますし。

とにかく、そういう新しい、今までなかったものをゼロから作っていって。もしくは、他の国にあるものを、日本でゼロから作っていって、広げていく。

そして、また、ここで、日本で育てたもの。私、タリーズ時代は、よく言っていたのですが。タリーズはシアトル生まれだと。でも、シアトルに、4店舗しかないときに、私が出会って、日本に持ってきて。当時

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ですから、Eggs’n Thingsも、ハワイ生まれなんですけれども、また、日本育ちにしていって。日本スタイルのEggs’n Thingsというものを世界中に広げていく。Eggs’n Thingsに関しては、私、ハワイ、グアム、アメリカ以外は、全部、私が展開することになっていますので。

世界中に広げていくということを、これからやっていきたいなと思いますし。自然エネルギーも、日本型のバイオエネルギー、バイオマスなんですけれども。これを確立して、将来的には世界に広げていきたいなというふうに思っています。

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ありがとうございます。文化を、エネルギーですとか、食の視点で、どんどん広められていくということで。今後も、楽しみです。ありがとうございました。

SESSION仕事は5年で辞めなさい

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コメントもご紹介していきたいのですが。本当にたくさんのコメントを頂いています。

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証拠を持参して、きちんと聞くという行動、なかなかできないです。理不尽な目にあっても、飲み込むことが多いと思う。そういう姿勢からしても、松田さんはやっぱりすごいです。

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ありがとうございます。

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けっこういらっしゃるんじゃないですかね、飲み込んでしまってストレスが溜まっている方。

2487

そうですね。もしかしたら、たぶん、皆さん、思っていることをしっかりと言うということはできると思うんですが。ただ、その組織に、これからもずっと残ってやっていこうと思っている方は、それがやりづらくなりますよね。

ですから、私は、『仕事は5年でやめなさい。』という本も書きましたが。本当に、やめろということじゃなくて。5年置きに明確な目標、大きな目標を作って。本当にそれが達成できて、次に行けるというチャンスがあるのであれば、本当に次に行っても良いし。

もしだめだったとしても、同じ組織に残りながら、また新たな目標を作ってやっていく。とにかく、明確な、大きな目標を作っていくことが重要だということを伝えたくて、そういう本を書いたのですが。

2487

必ず、5年じゃなくちゃいけないというわけじゃなくて。人によっては、3年がちょうど良い期間だという人もいますし。中には、10年という人もいるかもしれませんが。私は、ちょうど5年くらいが良かったので、5年にしているんですけれども。

私は、5年で次に行ける、行く、という決心があったので。その組織に、ずっと残らなくちゃいけない、しがみついていかなくちゃいけないという考え方がなかったんですね。

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なので、堂々と、自分の言いたいことも言えましたし。冒頭にも言いましたが、この組織に、逆に、恩返しできるのは何かなと思ったときに。

もちろん、収益の面で、自分が頂いた給与の5倍くらいをお返しするということもあるかもしれませんが。組織をもうちょっと良くするために何ができるかということも、常に考えてやったということですね。

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働いて、お給料を頂いているだけではなくて。その組織、企業に対して、恩返しをしたいという気持ちで働かれているので、そういった行動に出ることができるんだなと感じました。

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そうですね。

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ありがとうございます。

SESSIONタリーズコーヒーは自分が伸ばす、自分が育てる

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この会社が伸びるという審美眼をどのように磨いたのでしょうか?

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自分が作ってきているので。伸びるという見方じゃなくて、自分が伸ばすという見方ですよね。タリーズも4店舗しかなかったですから、シアトルに。

ですから、ある意味、シアトルのちょっと田舎にあったコーヒーショップという感じだったんです、ローカルの。そこの権利を頂いて、日本でガーっと広げていったので。

これは、とにかく、味もおいしいし。当時、あまりコーヒーが好きじゃなかった自分が飲んで、タリーズのコーヒーは最高においしいと思えたんですね。

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だからこそ、これは、誰が飲んでもおいしいと思えるはずだと、変な自信が生まれまして。これを広げたいなと思ったので。自分が育てるという意識ですね。

Eggs’n Thingsも、今、ハワイに4店舗あるのかな。当時、お会いしたときは1店舗だったので。それを、また、日本で広める。シンガポール、台湾、今、いろんな国でやっていますけれども。伸びるというより、自分が伸ばすという気持ちでやってきました。

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自分の感覚を信じて、自分が伸ばしていくという。

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そうですね。本当にその通りです。ですから、自分がそのときに得た、瞬間的な感動とか、それを大切にして。こんなにおいしかったら絶対にいけるぞという、そういう思いですね。

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ありがとうございます。では、皆さん、ご質問をたくさんありがとうございました。

本日、起こしいただきました先生は、前参議院議員/タリーズコーヒージャパン創業者の松田公太先生でした。ありがとうございました。

2487

ありがとうございます。

2019年02月18日 公開

本日の生放送

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